大阪地方裁判所岸和田支部 平成2年(ワ)214号 判決 1990年7月20日
原告
西野直和
被告
共栄火災海上保険相互会社
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
1 被告は原告に対し、金一五三三万七〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月一六日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告
主文と同旨。
第二主張
一 原告
(請求の原因)
1 本件交通事故
日時 昭和六二年三月二二日
場所 大阪府泉大津市池浦五一六番地の一先道路上
事故の態様 原告運転の普通乗用自動車が信号に従つて停止中、訴外松浪新治運転の普通乗用自動車「泉五九さ五三七〇号」が追突した。
2 被告の責任
(一) 訴外松浪寛治は、松波新治が運転していた普通乗用自動車を所有して自己のため運行の用に供していた者である。
(二) 被告は、松浪寛治との間で、自動車損害賠償責任保険契約(証明書番号K四四二―七三七〇―二三)を締結している保険会社である。
3 原告の損害など
原告は、本件交通事故により頸部挫傷、腰部捻挫及び両上下肢知覚障害を受け、昭和六二年三月二二日から同年九月二二日までの間、入院四日間、通院一七〇回の治療を受け、現在も治療を受けているもので、左記のとおり合計一七六〇万六〇〇〇円の損害を被り、内金二二六万九〇〇〇円の支払を受けた。
(一) 通院交通費 四七万六〇〇〇円
通院に要したタクシー代金(往復二八〇〇円)の一七〇回分。
(二) 休業損害 三三〇万円
月収三〇万円の事故発生日から一か月間の就労不能。
(三) 後遺障害慰謝料 一三八三万円
後遺障害等級五級七号に該当。
4 結論
よつて、原告は被告に対し、右損害金の残額一五三三万七〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月一六日(後遺障害等認定請求受付日の翌日)から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(抗弁に対する認否等)
1 原告が、被告主張のとおり、松浪寛治に対し本件交通事故に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、その確定した判決にて認容された損害賠償金の支払を受けたことは認める。
但し、右の訴訟においては、通院交通費を請求しておらず、休業損害も昭和六三年三月二二日以降の分を請求したのみで、後遺障害等級も一二級として請求しており、本件訴訟とは請求の原因が異なる。
2 時効の主張は争う。
原告は、被告が損害額の算定を任せている自動車保険料率算定会の難波調査事務所などと折衝を続け、被告が保険金支払業務を委託している訴外日本火災海上保険株式会社に対する訴を提起する(大阪地方裁判所岸和田支部平成元年(ワ)第二六七号事件)などしており、また、平成元年一〇月六日には身体障害者等級表二級(従前は三級)に認定されており、時効の主張は失当である。
症状が固定していないのであるから、時効の進行はない。
二 被告
(請求の原因に対する認否)
1 請求の原因1の事実は、認める。
2 請求の原因2の事実は、認める。
3 請求の原因3の事実中、受傷内容と治療経過は知らず、損害は争う。
(抗弁)
1 原告は、松浪寛治に対し本件交通事故に基づく損害賠償請求訴訟を提起し(大阪地方裁判所岸和田支部昭和六三年(ワ)第三二九号損害賠償請求事件)、その確定した判決(大阪高等裁判所平成元年(ネ)第一〇九九号損害賠償請求控訴事件判決)にて認容された損害賠償金として、「金一九〇万円及びこれに対する昭和六二年三月二二日から支払済まで年五分の割合による金員」の支払を受けており、最早、他に何らの請求権を有しない。
2 仮に何らかの損害賠償請求権が存するものとしても、原告の後遺症の症状固定日は昭和六三年三月七日であり、直接請求権の時効である二年(自動車損害賠償保障法一九条)を経過しているから、この消滅時効を援用する。
第三証拠
本件記録中の証拠に関する調書記載の各書証を取調べた。
理由
一 請求の原因1の本件交通事故の日時、場所及び態様、同2の被告の責任については、当事者間に争いがない。
本件訴訟は、本件交通事故の被害者である原告が、自動車損害賠償保障法に基づき、自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の保険会社である被告に対し損害賠償額のいわゆる直接請求をするものである。
二 さて、自賠責保険は、被保険者が被害者に対して損害賠償責任を負担する場合において、これによる被保険者の損害を保険会社が填補することを目的とするものであるから、被害者(原告)から保険会社(被告)に対する自賠法一六条に基づく直接請求権は、原告が被保険者(松浪寛治)に対して有する損害賠償額を前提とし、この損害賠償額を上限とするものであるところ、
1 原告が、松浪寛治に対し本件交通事故に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、その確定判決(大阪高等裁判所平成元年(ネ)第一〇九九号損害賠償請求控訴事件判決――以下、確定判決という)にて認容された損害賠償金の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
2 そこで、検討するに、
(一) 通院交通費及び休業損害について、
弁論の全趣旨によれば、原告主張の通院交通費及び休業損害は、確定判決の口頭弁論終結前に生じた損害であることが明らかである。
成立に争いがない乙二号証の確定判決によれば、原告は、同事件において「(昭和六二年三月二二日)から翌昭和六三年三月七日までの間、吉川病院に四日間入院し、一七〇回通院したほか、昭和六二年四月一一日から同年一〇月一五日までの間に和泉市立病院に三回通院した」が、「昭和六三年三月二一日までの治療費その他の損害の填補として保険金二四〇万円の支払を受けた」から、その余の損害の賠償のみを求めると主張していた。
(二) 後遺障害慰謝料について
前掲乙二号証の確定判決にによれば、原告は、同事件において「本件事故による肉体的精神的な一切の苦痛に対する慰謝料」として一〇〇〇万円を請求し、平成元年一〇月六日言渡の確定判決において、入通院期間に対応する精神的苦痛に対する慰謝料としての五〇万円のほか、後遺症に対応する慰謝料につき「控訴人(原告)が前回の事故(昭和六〇年五月四日の追突事故)により、後遺障害等級一二級との認定により賠償金の支払を受けており、本件事故(本件交通事故)により加重された結果の後遺症が九級と認められるものであること(「本件事故による症状固定診断を受けた昭和六三年三月七日現在、抹消神経障害があつて、上肢下肢の知覚鈍麻、筋力低下はかなり進行してきており、その程度は、自賠責後遺障害等級九級一〇号にいう、『神経系統の機能障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの』という程度に至つていると認めるのが相当であり、右症状は、頸椎及び腰椎に、経年性の、もしくは前回の事故による外傷性の、骨棘形成、頸椎腰椎等の変形、骨粗鬆症があり、それによる症状が、前回の事故によつて発現した症状は比較的順調に軽快に向かつていたのに、再度の本件事故によつて再び誘発され、より悪化したものであると認めざるをえない」)、これには加齢現象も寄与していること、控訴人の症状は次第に悪化しており、身体障害者手帳の交付を受ける程度になつていること、痛みをやわらげ、悪化を遅らせるための治療は今後とも必要と解されること等本件(同事件)に現れた諸般の事情のほか、自賠責の後遺障害保険金額等を勘案すると、右慰謝料としては金一四〇万円が相当である。」との判断を受けている。
また、成立に争いがない甲一号証によれは、原告は、確定判決の言渡前である平成元年五月三〇日頃、吉川病院の医師吉川秀明から「診断名として、変形性頸椎症、変形性腰椎症、骨粗鬆症、坐骨神経痛。所見として、上記病名にて、なお通院加療中です。現在上下肢マヒ進行。歩行障害強く、うまく歩行できない。又、首左側に自発痛運動痛強い。」との診断書を得ている。前掲乙二号証によれば、この診断書は確定判決にても援用されている。
以上によれば、原告主張の後遺障害慰謝料は、この後遺症も確定判決の口頭弁論終結前に生じた事由ないし予見された事由で、既に確定判決において検討されているものと認められる。
(三) 結局、原告主張の損害は、いずれも、前記確定判決の口頭弁論終結前のもので、同事件において主張され、又は主張されるべきものであつたといわねばならない。
三 してみれば、
1 一般的に、確定した判決があれば、当該訴訟の口頭弁論終結前の事由に基づく主張は、同判決の既判力により阻止され、後にこれを理由として確定した判決の内容を争うことができないから、原告は、最早、確定判決の当事者であつた被保険者松浪寛治に対して、本件訴訟において主張する損害を請求することができないものである。
2 そうとすれば、前記のとおり被害者から保険会社に対する直接請求は被害者が被保険者に対して有する損害賠償額を上限とするものであるから、原告は、本件訴訟において主張する損害につき、これを保険会社である被告に対しても請求することができないものといわねばならない。
四 よつて、原告の請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がないから棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中恭介)